お知らせ

青い目の人形について

関連年表
1920年代半ば世界恐慌の中でアメリカと日本の関係が緊張。
1926年
(大正15)
アメリカのギューリック博士、日本の渋沢栄一らを中心に「友情の人形」計画がすすめられる。
1927年
(昭和2)
12,739体の「青い目の人形」
(現存が確認されているのは252体
が両国の子どもたちの相互理解のために贈られる。愛知県には349体現存が確認されているのは9体が贈られた。
また、58体の答礼人形が日本からアメリカへ贈られる。
1941年
(昭和16)
日本とアメリカとの戦争始まる。
戦時中「青い目の人形」は敵の人形だとして日本各地で壊されたり焼かれたりする。
1945年
(昭和20)
6月19、20日、豊橋空襲。
8月6日広島へ原爆投下。8月7日豊川海軍工廠被爆。8月9日長崎へ原爆投下。8月15日敗戦。
1987年
(昭和62)
「コネタ」パスポートなどから出身地はオハイオ州であることなどが明らかになる。
1989~1990年
(平成元~2年)
「エセル・ディーン」約60年前の手作りの服、靴をはいて故郷ネブラスカ州リンカーンに里帰りする。
1995年
(平成7)
西郷小へ新青い目の人形「クリスティーナ」来る。
1996年
(平成8)
「コネタ」太平洋戦争終戦50年、生誕70年を記念して故郷オハイオ州ワパコネタ市に里帰りする。
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コネタ
(豊橋市立西郷小)
エセル・ディーン
(豊橋市立細谷小)
答礼人形 みやこ

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昭和18(1943)年2月20日『毎日新聞』

  アメリカとの戦争が激しくなると、敵の国の人形として

  壊されたり、焼かれたりしてしまいました。

  そんな中、心ある人たちは人形をかくしました。

  コネタやエセルディーンもそうした人形のひとつです。



子どものための平和展  平成27年6月20日(土)

 子どものための平和展がこども未来館ここにこで開催されました。本校の図書ボランティアの皆さんと先生方による
パネルシアター「エセルディーン物語」も行いました。このパネルシアターは昨年も行い、大変好評だったものです。
 エセル・ディーン、コネタ 、クリスティーナ、みやこ(答礼人形)が多くの戦争関連の物とともに展示されました。
見学に来ていた方々は、戦火を逃れた人形をいろいろな思いをもって見つめていました。

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見学者の感想より

「わたしは青い目の人形のことをはじめて知りました。平和っていいなと思いました。」(11才  女子)

「壊されたり、焼かれたりせず、今でも人形が残っていてすごいなと思いました。」(12才  男子)

「細谷小学校のパネルシアターを見て、平和の尊さを改めて感じました。」(40代 女性)